鎌倉市指令政第4号を出し直させた

 鎌倉市指令政第4号の開示を受けて、

政策創造部より公開された鎌倉市指令政第4号の文書のそれぞれについて、当該部が受信した文書であれば受領年月日および受領元(企業、個人、地方公務員、または地方自治体首長の区分を含む)、当該部が作成した資料であれば作成年月日及び作成者を示せ。開示を受けた文書の重なり等から時系列、関連性、および区分が明示されておらず文書の体をなしていない。

として、鎌倉市指令政第4号の出し直しを2013.11.16に行政文書公開請求を行ったところ、「鎌倉市指令政第13号 行政文書一部公開決定通知書」および次の文書が到着した。

 ホチキス止めで16束の文書であったが、受信年月日が不明な文書が8束あり、文書管理がなされていない実態を露呈した。よって、今回はふたつのファイルに分割する。

02.受信年月日が明記され、前から後ろに向かって時が流れるようにソートした文書
03.受信年月日が不明とされた文書

 02項で注目すべきは、株式会社SIIIS取締役宮田正秀(以下、宮田と略す)が鎌倉sg事案に関しては最前面に立っていることがメールにて判明したことだ。では、個別に見ていこう。
 17ページには株式会社SIIIS東京オフィスがハローワークへの求人票の原本があり、鎌倉市による失業なさっている鎌倉市民への対策が目的の事業であるにもかかわらず、募集地域を鎌倉市に絞っていないとともに、勤務先が同社東京オフィスであることから、事業の本筋から外れていることが明白になった。
 51ページのメールは、差出人が武雄市役所営業部古賀敬弘であり、CCに同市同部岸川杏子と宮田がいることから、鎌倉sg事案については、武雄市役所職員および宮田が連携して動いていたことが分かる。
 55ページの政策創造担当から武雄市役所営業部古賀と岸川宛のメールの真ん中に注目して欲しい。なんと鎌倉市議であり総務委員長の中澤さんのBLOGのトップページをチクっている!鎌倉市としては市議からの質問があった旨だけを伝えれば十分であるにもかかわらず、何を期待して自分の市の議員の動向を武雄市職員および宮田に伝えたのだろう?
 2013,09.09に契約を締結しているにもかかわらず、2ページの2013.09.12送信のメールにJAPAN sgへ移行する旨が記述されていること、そして58ページのメールで政策創造担当が2013.10.08にF&Bホールディングス企業連合の協定書の提出を求め、同日に株式会社SIIIS取締役宮田正秀からこれを受信している。つまり、契約締結時に政策創造担当はF&Bホールディングス企業連合の構成員が変わっていたことを認知しておらず、幽霊企業連合と契約を締結していることが判明した。

 03項には、もはや何も言うべき言葉が見当たらない。

先の鎌倉市とFB良品関係者の接触記録にも記述したが、再度引用する。

市民活動部と経営企画部が同じ接触記録の開示請求内容に対して同じ鎌倉市指令政第13号という文書番号で開示通知を行っているにもかかわらず、03の政策創造担当は前述のふたつの部と同期を取ることすらせずに、文書番号に合致しない請求内容(鎌倉市指令政第8号出し直せ)に対する開示をしていることに失笑を禁じ得ない。政策創造担当は本当に文書管理をしているのか? 文書管理ができない事務員の文字通りの人材の墓場か?

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